かくれおに | 水面からめくりとった水びたしの月

かくれおに

金曜日の夕方に 家に
帰る
日曜日の夕方に 病院に
帰る


行く 帰る 
母にとって
どちらも 行く場所
どちらも 帰る場所


最期に着せてねと 
シルクのパジャマを託される


もういいかい 
まだだよ


裏山の急な土手を
木の根をつかんで
子供八人で登って
松ぼっくりを拾った話を聞く


モテモテのモガだった

娘時代の話を聞く


お父さんと二人でラーメン屋を始めた頃

苦労した話を聞く


おばあちゃんが

家に来て 小さな型菓子を

創ってくれた話を聞く

私の小さい頃の話を聞く
迷子になったとき
心配で怖かったと


同じ話
何回聞いたかな
あと何回 聞けるかな


また来るからね
金曜日に来るからね


これ見てと
放射線治療のために
おなかにマジックで
書かれた印を見せて
母が笑っている


もういいかい
まだだよ


車のライトが反射して
雨の路面がまぶしい
国道十号線


もういいかい
まだだよ


ああ そうか
助手席はからっぽ


もういいよ


泣いていいよ


忘れ物をした
でもどこかわからない
母の命 
どこかに置き忘れた


病院でもない
家でもない

取りに戻れれば
お母さんきっと
元気になれるのになあ


もういいかい
まだだよ


お父さん
まだ 連れてかないでよ