水面からめくりとった水びたしの月 -13ページ目

シロネコメール

猫の姓名判断に関する本を買った
死なない名前 交通事故に遭わない名前
留守の間にいなくならない名前
連れ去られない名前 毛が抜けない名前
呼ばれても毛が立たない名前
死んでも生き返る名前
月に向かって吼えない名前
月から吼え返されない名前
いろんな名前を継ぎ足していくと
おそろしく長くなったので
それぞれの頭文字だけ並べて呼ぶ
enfopsjke

enfopsjkeは
草の葉にじゃれて
コマのようにくるくる回る
私のひざ 脚 肩 床
そしてまたひざ
目的地のない永久運動
enfopsjkeを抱き上げて思う
猫の体温より確かなものは
この世にはない

enfopsjkeがいなくなった
夜寝ている間にいなくならない名前
をつけるのを忘れていた
enfopsjke  enfopsjke
呼んでも返事しないので
enfopsjkeと入力しとりあえず.とne.jp
送信
”今どこ?”
二分後 返信が来た
”どこだと思う?”
”メールが打てるんだったら
言っといてくれないとびっくりするでしょう”
”言ったらその場でびっくりするだろ”

白い猫からのシロネコメール
文字化けしたら化け猫メール

つぶれたり切れたり
へんな文字の組み合わせになったり
こんなことがあったよと
言ったことが明日起こったり
猫が帰ってこなかったり
同じ猫が一晩に百匹も
帰ってきたり

電波に乗せて飛ばしたlavieが
空中で雲散霧消
soleilのlが上昇気流に乗って
太陽まで飛んでゆく
pajaroのoが
渡り鳥の鼻腔にすっぽり
はまりこむ

なんて楽しいシロネコメール
文字化けしたら化け猫メール

”助けてくれ。はさまって出られない”
”どうしたの?どこにはさまったの?”
”実在と虚構の間に挟まって出られない。
おれはいるのか?いないのか?”

その日を最後のシロネコメール
文字化けしたら化け猫メール





フロルがいた森 (後編)

その年の春を告げる大風は、いつもの年と違っていた。
蕾をつけたばかりの木々の小枝は次々に吹き飛ばされ、細い木々はなぎ倒され、もっと細い木々は根こそぎ抜けて飛ばされた。
森の生き物たちは、それぞれの巣穴に閉じこもって、震えながら体を寄せ合い、猛り狂う風が過ぎ去るのを待った。

フロル、フロル。そこにいるのか?大丈夫か。
老木は吹きすさぶ風の中で呼びかけ続けた。
聞こえてくるのはごうごういう風の音ばかり。細かいちりが舞って何も見えない。あらがう術もなく飛ばされてゆく若い木々。そして、時には、小鳥や小動物も。けれども、老木にはどうすることもできない。
老木自身も踏みとどまろうとするが、古びて傷んだ枝はぎしぎしと軋み、乾いた細い枝は容赦なく飛ばされてゆく。

神様、私はもう充分に生きた。私を愛してくれる友だちもいない。
ただ一人の友だちは、おそらくはもうあなたのそばに。
だから、私はどうなってもいい。変わりに森の木々や生き物たちを助けてほしい。
神様。お願いだ。
老木は声を限りに叫んだ。

突然、風がやんだ。
ごごごご、とすさまじい音を立てて、老木がゆっくりと傾いでいく。
神様。どうか、少しずつ。下にもし、小さな虫がいたら逃げられるように。
そう。これでいい。もう疲れたよ。
私は長年の歳月をともにしてきた自分の影の中で眠ることにしよう。

老木の意識が薄れかけたとき、にわかに晴れ渡った空から、何万もの花が降ってきた。
四枚の花弁をもち、はばたきながら近づいてくる、色とりどりの生きた花たち。紫、ブルー、ピンク、オレンジ。名づけようもない美しい色。
花たちは、倒れてゆく老木の回りを囲み、ひらひらと舞った。
ああ、すばらしい。
きっと神様は死んでゆく私を哀れに思って、最期に世界で一番美しい光景を見せてくれたのだ。なんてきれいなんだろう。
オーロラも海も、もう見られなくていい。

ひときわ美しく光り輝く虹色の花が、老木に近づいてきた。
老木はその黒いつぶらな瞳に見覚えがあるような気がして、微笑みかけた。
周りの無数の花たちは、老木がこう言うのを聞いた。
ああ、おまえだったんだね。
大地が彼を受け止めると同時に、幹の洞の中に虹色の美しい花が、すいっと入っていった。そして、次の瞬間には光り輝くものを背負って、はるかな高みを螺旋を描きながら、天へ向かって上昇していった。

かつて蝶がいなかった森は、今では蝶の森と呼ばれている。
ほかの森にも蝶はいるが、寿命の尽きた樹木の魂を蝶が天国へ運ぶ役目をするのは、おそらく世界中でここだけだろう。

フロルがいた森 (前編)

遠い昔 深い森の奥に巨大な老木があった。
幹や大枝は乾いて節くれだち奇異な文様をかたちづくっている。血管のようにはびこる小枝は空を覆いつくすほど。森の生き物たちは、老木を恐れて誰も近よらない。小動物たちも彼の巨大な影の中にうっかり入ってしまっただけで、まるで呪われてでもいるようにあわてて逃げていく。
私だって若い頃は渡り鳥たちに丈夫な枝を一夜の宿に貸して、よもやま話にあいづちをうったものだ。風向きをたよりに、どこの果物がもう熟れている、どこの木の実が食べごろだとまだ経験の浅い小動物たちにアドバイスをしてやったものだ。
まるで大笑いをしている口だと、あの頃キツツキたちがはやしたてた幹の洞。まだそのまま残っている。まるで、輝いていた時代の骸のように。

春まだ浅い日、老木が目覚めると、いちばん低い枝の葉先に何か緑色のものがへばりついていた。ためしに振り落とそうとしてみた。緑色のものはくっついたまま。よく見ると黒いつぶらな瞳が二つ、老木をじっと見つめている。
そうか。お前は生き物だったのか。私はたくさんの生き物を知っているが、おまえのようなのは初めてだな。人間の畑からきたのかい?よい香りを運んでくる遠くの果樹園からきたのかい?何も言わないな。おまえは私がこわくないのか。ほかの生き物はみんな、怖がって逃げていく。
そうか。それなら、好きなだけいるがいい。緑色の細長い小さな友だち。たいしてもてなしてやることもできないが、朝露と葉っぱくらいならたんとある。

老木は緑色の生き物にフロルと名づけた。
老木はフロルに、昔話を話して聞かせる。その昔、まだ太陽が四角かった頃があってな。雲がみんなでさいころ遊びに使ったものだから、角がなくなってまあるくなったそうな。
まだ生き物がこの世界に現れるずっと前、神様は風だけを愛していたそうだ。地球が回るのと反対の方向に吹く風は、そんな時代がまだそこにあると思って、そこへ戻りたくて吹くのだそうだ。

フロルは何も言わないが、黒い瞳をきらきら輝かせて一生懸命聞いているのがわかる。時々は、いくつもの筋に分れた体をうなずくようにくねらせて。
老木はフロルに、遠い国の話を聞かせる。
これは渡り鳥たちに聞いた話なんだが、世界の北のほうに色とりどりの光でできた、オーロラという美しいものがあるそうだ。明けることのない空にかかる虹のようなものだという。
銀色の光が数千の魚のようにはねる、湖の何百倍も大きい、海というものがあるそうだ。夜明けにはばら色に染まり、夕暮れには沈む日を映す鏡のようになるという。
私はここからどこへも行けないが、おまえはいつか、オーロラや海を見ることがあるかもしれないね。

ある時、フロルに異変が起こった。枝にはりついた茶色の殻の中に閉じこもったまま出てこない。どうしたんだい?フロル。体の具合が悪いのか。
病気なのか。顔を見せておくれ。私のただ一人の友だち。
お前に何が起こったんだい?何日も何日も、老木は問いかけ続けた。

いつかはじまる物語

クローゼットの一番上の
薄汚れた 錆だらけのラッパ

その中に
いつかはじまる物語が
入っている

誰かが一吹きすると
前代未聞の
傑出した物語が出てくる

だけど そのラッパは
世界の終わりを告げる
天使ラプンツェルのラッパ

El Viento (フリーダ・カーロに捧ぐ)

フリーダ

その名を呼ぶと
手付かずの静寂が
開封される

フリーダ 
宿命の鎖の中で踊る
あなたはいつ
蝶に生まれ変わるのか

千の薄羽根が
トランプのように
記憶の中できり混ざる
千の前世が 攪拌される
実現の果てから
錯乱の故郷へ
老いた歳月が
暗い一隅で
寓話を貪る

花カンナ 燃えてゆらぐ
赤さへの罰として
より赤く

フリーダ
宿命の鎖の中で踊る
あなたはいつ
蝶に生まれ変わるのか

アーモンドの木立ちをぬける風が
千の葉に漉され
千の香りへと変わる

フリーダ
あなたの人生そのものが
あなたの作品だった
涙があなたの筆致だった

祖先たちがそうしたように
五十年目の太陽を
地平線まで迎えに行こう
死者の大通りを通って

男は蝶に
女は甲虫に
生まれ変わる

びばらびだ

命ばんざい

事故に背骨を折られ
子供は
生まれることなく死んだ
夫に裏切られ
手術で片脚を切り落とされた
フリーダの言葉

びばらびだ

私はいつか
フリーダに生まれ変わる

強くしなやかな
フリーダになる

太陽へ続く
真紅の導火線のような
花カンナをたどって

びばらびだ

命ばんざい

午前0時

こんな時間にごめん

どうしても謝りたくて

半日前

地球が逆さになったとき

空に落としたやさしさ

胸にぽとん

戻ってきた

星のしずくになって

.ゲーム

百貨店の玩具コーナー
無料ゲーム機
午後には小学生で
あふれかえる

ああ 死に疲れた
あと一機
死んだら交代ね
宇宙面 飽きた

コウイチ君 学校行かなくていいの?

創立記念日

毎日だね

お姉ちゃんだって
毎日ここ来てるじゃない

仕事だから

あの子達がやってる
タダゲーやりたい?

見てるだけでいい

友達と遊ばないの?

みんな 嫌い

コウイチ君の
頬に三つ並んだ
規則的な波型は
靴の刻印

私 昔 肥満児だったんだ

え? うそ

みんな 嫌いだった
叩かれたり
けられたりした
誰も助けてくれなかった
先生はみんなの前で
私だけ 体重計にのせたよ

私の小学校の校庭は
水はけが悪くてね
大雨が降ると
巨大な水たまりができた
木も校舎も遊具も
逆さに映ってた
上下がさかさまの世界がそこにあって
醜くない私と
私を大好きなおおぜいの友達がいた

コウイチ君
ゲームしようか

私たちは
死んだことのない
死に 疲れたりしない
行ったこともない
宇宙に飽きたりしない

重力をマイナス1000にセットして
空を飛ぼう
思い切り楽しくなる
筋運びを選ぼう
プレイヤー追加ボタンを押すと
遠くへ行った優しい人たちが
次々に現れる

宇宙を代表するのは
私とコウイチ君
全人類が味方

誰も闘わないから
ゲームはすぐに終わってしまう











人形

なにをそんなに

目を見開いてるの?

私がまばたきしてる間に

どんなとんでもないことが

起こっているの?




*久しぶりにティンカーの登場です。ティンカーはほかの多くの子供たち同様、質問でできています。

ある日 街の通りに

ある日 街の通りに
巨大なバスが現れる
学校みたいに
大きなバス

けれども
誰もが驚いたのは
その大きさではなく
窓の中に見えるもの

大きな魚は銀色の
うろこをひるがえす
小さな魚の群れは
うずを巻いてきらきらと
優雅な群舞
クラゲたちはゆらゆらと
タコとイカはうねうねと
帆立貝はすいすいと
水の中を 優雅に漂う

大人たちは目を見開いている

魚を見られる船に
乗ったことはあるけど
こんなのは初めてだ

子供たちがバスの後ろを
追いかけてゆく

わーい 移動水族館だ

バスが水族館の敷地の門をくぐると
子供たちは
残念そうに引き返す

出迎えにきた館長が言う
おかえり 人間見物は楽しかったかい?

ぼんぼんはつぼん

ぼんぼんはつぼんはつぼんぼん

ぼーさんの後ろで数珠もんで
なむなむ頭さげてたら
お寺さんの畳ぬらしてしもうた

あれを聞いたのはいつだったかなあ
池にもぐってたら岩の穴から
顔出したなまずと目が合って
びっくりして陸にあがる前に
息全部はいてしまって
死ぬかと思ったって
少年時代の思い出

脳梗塞で言葉もでなくなって
笑顔だけで会話してた父
何を言っても
うんうんとうなずくだけ
ここの暮らしは楽しい?
うんうん
みんな親切にしてくれる?
うんうん

時々は 私ごしに
遠い時間を見てた

にこにこしながらうんうんと
うなずくのがわかっているから
決して聞かなかった

家に帰りたい?
とは

様態が急変しました
すぐ来てください

飛んでいったら もう手遅れで
忍者がすいとんの術で使うような
管をくわえて動かなくなってた
笑顔をはがされた ぬけがらになって

意識がなくなったので
これで酸素を送りました
でも 途中で意識を取り戻し
苦しがってはずそうとされました

池から陸にあがるときには
どうしても必要だった
だけど 最期にもう五分
よけいに苦しむためだったら
要らないよ 
その酸素

偉いお坊さんの説法
ご家族の方が
故人のご供養をなさるたびに
手首の釘 足首の釘が抜けて
極楽浄土に近づくのです

あんなに長く病気して
苦しんだ人に誰が釘うつの?と
言いたい気持ちを
数珠ごとぎゅうぎゅう握りしめて

ぼんぼんはつぼんはつぼんぼん