水面からめくりとった水びたしの月 -14ページ目

消去

機械のメモリは
消去キーで消えるのに
悲しい思い出も
もう会えない人の面影も
思うように消せない

ヒトの脳はなんて
性能が悪いんだろ

いろんな資格をもっている

何をかくそう 私
いろんな資格をもっている

雨音の聴衆になる資格

これがもらえるのは
星を19726まで
数えたことのある人だけ

日時計の中に
夜の種を蒔く資格

これがもらえるのは
記憶の中の月が
ほとんど半月の人だけ

朝焼けをまるごと相続する資格

最新機種のナビに
「どこか遠く」と入力したことのある人だけ

雪の結晶ひとつひとつに
名前をつける資格

これは偶数日に申請すると
なぜか誰でももらえます

やさしさってかっこよくない

やさしさって
かっこよくない

やさしさが
人の姿をして現れたとき
そう思った

ひとの悩みを聞いて
人の苦しみに
手をさしのべて
ひとの悲しみを
一緒に泣いて
自分が泥まみれで
傷だらけで
ぼろぼろになってることに
気がつかないくらい
ほかの誰かのために
一生懸命だったから

やさしさに
かっこよさはいらない

かっこよさは
歳をとれば消えるけど
やさしさは残る
かっこよさは
暗闇で見えないけど
やさしさはそれ自身でかがやいてる

私が落ちこんでるときに
そのやさしさは
雪だるまに姿を変えて
励ましにきた

王子様でも 天使でもなく
雪だるま

長い道のりを転がってきたから
雪というより
泥だるまになっていた
私はぎゅっと抱きしめた
雪だるまは
私の涙をすいこんで
みるみる溶けてしまった

それを見て私が
よけいに泣き出すと
どこからか
声が聞こえた

大丈夫だよ
ただの分身だから
びっくりさせて ごめん

やさしさは
ぜったい
かっこよくなんか
なくていい



中途半端

食べて

2分34秒

してから眠ると

ミノタウルスになるよ

引き出しを開けたら

ある日
引き出しを開けたら
カニが出てきた
横に歩くカニ
急いでたらしく
走っていって
横に転んだ

ある日
引き出しを開けたら
一億円玉が出てきた
これはなくすと悲しい
大事に奥のほうに
しまっておこう

ある日
引き出しを開けたら
せみの抜け殻がなくなっていた
<だって いらないでしょ
女の子なんだから>

ある日

引き出しを開けたら
どこか遠くがなくなっていた
<だって いらないでしょ
もう大人になるんだから>

ある日
引き出しを開けたら
いつかある日がなくなっていた
<だって 夢は捨てたでしょ
壊れた破片は危ないから
危険物に出したよ>

ある日
引き出しを開けようとしたら
開かなかった


引き出しって
どこにあったっけ


引き出しって…



何?


額縁を壊したらゲルニカがあふれ出る

その棺は
昼間の明るい光の下で見るには
小さすぎる
午後七時の蛍光灯の下で
カウチに寝そべって見るのが
ちょうどよい

電波に蒸留された
清潔な血
あふれ出て
カーペットを汚す気づかいはない
海の向こうの戦車が
居間に乗り上げて来そうになったら
スイッチを切ればいい

宇宙空間を転がる
蒼い球体
あくび一つ
赤道がぱっくり開いて
中から46億年
みていた夢が
こぼれ出る

ああ 恐い夢だったな
人間同士が争っていた
一つの陸地で
子供たちが泣き叫んでいた
別の陸地の大人たちは
無関心だった

どれ もう一眠り
あんな怖い夢
二度とみたくはないよ

冬のオルゴール

*今日は、短歌五首です。



子供部屋へ運ばるるため薄目開けこたつに臥して待ちたる昔


アルバムのどの一葉にある父もデイサービスの人らは知らず


ふり幅の大きい時間のゆりかごで赤子と今を行き来する父


父の内に育まれたる幼な子のプリンをすくう銃創の指


音ひとつこぼして冬のオルゴール父ありし頃巻きたるネジの

ばいばい みす あめりかん ぱい

ばいばい 
みす あめりかん ぱい
夢の終わりは
はっかの匂い

北海道へ移り住もう
僕には夢があるんだ
君と一緒ならかなえられる

そこで私は
靴下と毛糸の帽子を買い
引越しパックの料金を調べる
頭の中は一面のラベンダー
そのうち耳から葉っぱが出てくる

フランスへ行こう
人の集まるところには
必ず回転木馬があるんだ
自炊できる宿を探して
マルシェで買い物しよう
休日にはお城めぐりをしよう

そこで私は
フランス語のテキストを買い
世界地図を広げる
想像の回転木馬に
乗りすぎて目が回りそう

北海道?
昔 あこがれたけど
フランス?
俺が言ったの?
悪いけど君には
友だち以上のもの
求めてないよ

酔っ払いは
朝日が昇ればしらふにもどるけど
酔っ払いの言うことを真に受ける女は
朝日が昇っても
賢くはならない

ばいばい 
みす あめりかん ぱい
夢の終わりは
はっかの匂い





*冒頭の一節は私の尊敬する萩尾望都様の漫画のタイトルから頂きました。

名前がなかった(PART2)

生後七日目の子猫には
名前がなかった

生後五ヶ月の雪だるまにも
名前がなかった

生後一億三千年の恐竜にも
名前がなかった

独り

あなたなしでは生きられない

人はよく そんなことを言う

でも 生きられる

だから 哀しい