水面からめくりとった水びたしの月 -15ページ目
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化石と遊ぶ

だるまさんがころんだ

と言って ふりかえったら

石灰岩の中で 三葉虫の化石が

3ミリ ずれていた

泣いてみた

泣いてみた
星に手が届かなかったから

泣いてみた
はじめましてとさようならの数が
ぴったり合わない
算数がほしかったから

泣いてみた
殺鼠剤を食べたねずみが
まだ生きるつもりで
ふるえながら
警戒していたから

泣いてみた
夜の路上で死んだ子猫の目が
母親のヒゲとブチ模様を
まだ映すつもりで
光を反射していたから

泣いてみた
子供のように
子供のように泣いてみても
もう子供にはなれないから

とおい まひる

慢性腎不全です
うわごとを言っています
そばについていてください
看護士に命じられたとおり
処置室のベッド脇のパイプ椅子に
私はじっと動かずにいて
脳に毒素のまわった母の
錯乱の中に住まう

<いってらっしゃい> と母が
どこへも行かない私を送り出す
いってきます と その場にとどまる
<私はお相撲をとりに行ったのよ>
そうなの 疲れたね ゆっくり休んで

<遊園地で迷子になったの
子供が迷子になったの
上の子と一緒に
おとぎ列車に乗ってる間に>

はい その迷子は私です

母の夢の中で
五歳の子供になって
早くみつからなければ

あせっても
夢の入り口が
みつけられない

<泣いたり 動き回ったりしたら
迷子と間違えられるから
そこで待っててと言ったのに
きっと 泣いたのね
恐くなって 私たちを探したのかも
世話のやける子
お兄ちゃんは いい子なのに>

お兄ちゃんみたいにいい子じゃないけど
私も お母さんの子供にして
お兄ちゃんみたいに勉強できないけど
私も お母さんの子供になりたいよ

時間がソーダの泡のように
少しずつ 空に溶ける
おとぎ列車のレールが
鈍い銀色の熱線を放つ

<どうしよう
あの子がどこかで泣いてる
本当はやさしい子なの
私が足の小指を怪我したら
あの子は言ったの
痛くない指と替えてあげるって
あの子をおいていかなければよかった>

ワタシハ ココダヨ
ワタシハ ココダヨ

記憶の中 春の終わり
風のない とおい まひる

夢の入り口が
みつけられない
 







失恋女のひとりごと

流れ星を見かけたら

お願いするの

あいつに落ちろ

童詩

蜃気楼のお家の窓の

あの女の子からは

わたしたちがゆらゆら

逆さに見えるの?


ノアの方舟に

乗せられたけものたちは

選ばれた よい

けものたちだったの?





*今日の詩は、私の中の子供人格「ティンカー」が書きました。

一度だけ

私はいつかあなたに
魂の形について
語りかけたいと思う

あなたが一度だけ
何もかも脱ぎすてて
肉体までも脱ぎすてて
見せてくれた 魂の
美しかったこと

明け方の陽の中で
その色は深い緑色
そして 森の奥の斜面の
樹々の隙間から射す
やわらかい卵色の光に
彩られていた

私はそして 自分の魂を見た
ざわめく夕闇の素粒子の中で
その色は鈍く 暗く
よどんで灰色だった

形は半球形
あなたと私の魂は同じ形
そして 同じ大きさ
切り口の直径も同じ
ただ 色だけが違った

いつか私の魂が
あなたと同じ深い緑色になったら
そして 無数の光に彩られたら
私はあなたに
魂の形について
語りかけたいと思う

遅すぎなければ そして
早すぎなければ

あなたの肩ごしに
あなたの魂ごしに
私が見たものについて
語りかけたいと思う

夜へ向かって解き放たれる
銀色の羊たちのことを
あなたの思い出のメロディラインから生まれる
ヒスイ色の魚たちのことを

私はいつかあなたに
語りかけたいと思う

白い部屋で

ベッドの上は黒っぽいカスだらけ
車椅子に乗せられて
風呂から父が戻ってきた
うつろな目 骨格だけの顔
突き出た白い鼻毛の束
十年以上の闘病生活

敷布の上のカスは
何種類もの薬をのんでいるせいで
パイ皮のようになって
剥がれ落ちた父の皮膚
父はこなごなのパイ皮のようになって
少しずつ減って
やがて消滅するのだと思った

やさしい人ですね
ひっかかないし
叫ばないし
看護士の手には
誰かのお父さんにひっかかれた
ま新しい傷跡

あんなに歳いってからの
子供だから
あまやかされて まあ
わがままだこと
いつも 物陰から
聞こえてきた言葉

父が喉にからんだ汚いものを
吐き出すときのかーっという音が
少女から娘になりかけの頃は大嫌いだった
「あっちでやってよ」

今 父はその力もなく
そいつに肺を占拠され
呼吸を止められて死にかけている
かーっ といって
思い切り かーっ といって
吐き出して
私たちの世界に戻ってきて

吐き出して 喉につまっている
反抗期の娘の名前を
吐き出して 蹴られて顔が汚れないように
長靴を磨いた 上官の名前を
吐き出して 絵空事の
大東亜共栄圏の地図を
吐き出して 餓えと彷徨を
雲の影のように神様の影が
大陸の大地をぬぐってとおりすぎる

お父さん 家に帰りたかね
子供部屋に運んでもらうために
こたつで眠ったふりをしていた
昔の私みたいに
お父さんは家に帰りたくて
死んだふりをしてるんでしょうが

今 ここにいない友のために

あんたはそこでも
スーミンてよばれてるの?
そこはどんなとこ?

子供は 死ぬようにはできてない
神様がまだ人間に絶望していないって
メッセージを持ってくる使者なんだから
子供が死ぬのなんて 間違い
スーミンはニュース観ながら
そう言ってたね

そうだよね だから

戦争や飢餓
事件や事故
みんな大人の身勝手のせい
それで死んでゆく子供たちのために
特別な天国が用意されてる
そこには
水のような 真珠のような
けれどもそのどちらでもない
<幸せのカケラ>でできた街がある
陽気な音楽を奏でながら咲く花
登りやすい形に自分から変形する木
地面すれすれまで降りてきて
子供たちとたわむれるオーロラ

宇宙の別な場所には
地球にそっくりだけど
争いも憎しみも飢餓もない惑星があって
子供たちの天国は
そこへ生まれ変わるための順番を待つところ

でも 子供たちの天国は
慢性の人手不足

そこに来たばかりの子供は
怯えてて 悲しんでて一人ぼっち
死んだときのショックだって
よく憶えてる
誰かが抱きしめて 
安心させてあげなきゃいけない
とびきりやさしくて
あたたかい 誰かが

誰よりもやさしくて
いいひとだったあんたが
今 ここにいないのは
だから そういうわけじゃないかと
私 思うんだ






らせん状の回転木馬

世界中の花が
喋れるようになったのに
月下美人だけは黙ったまま
名前を聞かれて答えるのが
照れくさいのよと
石楠花
つかの間の蒼い雑踏の中
昼間はレンガ色にあかるかった
雑居ビルの陰にはいると
七歳のあの日 角を曲がって
いってしまったシャボン玉に
再会する
どこへ行ってたの と私
あなたこそ とシャボン玉

子供たちが らせん状の回転木馬で
天までのぼっていく
下から母親たちが呼びかける
暗くならないうちに降りておいで
ミルキー・ウエイのあたりから
返事がこだましてくる
どうして? ここはいつも夜だよ

端の欄干から見下ろす川
ポケットの底が破れて
つめこんでおいた夜空から 
星がほろほろ
川面に転がり落ちていく

高い空の月が 私に言う
水の中の私を助けて
水に映る月が私に言う
空で凍える私を助けて

川面に映る顔はのっぺらぼう
嬉しいの? 悲しいの?
あの人に会いたいの? 会いたくないの?
問いつめられたらいつも
子供の顔は のッペらぼう
今の気持ちにぴったりの
表情が流れてきて
輪郭におさまるまでは
私はここを動けない

私はシャボン玉に言う
みんな人生の取り扱い説明書をもってて
私だけが持ってないみたいなの
シャボン玉は
答える代わりにぱちんと消えた

影の束を抱えた駅員が
街中によびかける
最終列車に影を忘れた人はいませんかぁ
早く来ないと夜にとけてしまいますよ

名前がなかった

昔 名前がなかったころ
わたしたちは 空を翔べた
空と海の合わせ鏡が
溶けてまじりあう時刻
帰港が間に合わず
空中に取り残される小船
それを足場にして 空中へ飛び立った
水面からめくりとった
水びたしの月を
夕べの空に干しにいった
昼間のうちに
何百何千という木の葉から
ついばんでおいた光を
夜の空にちりばめにゆく
ハチドリの群れを追い越した
昔 名前がなかった頃
わたしたちは何にでもなれた
雨になって降り
月になって照り
時になって流れた

地球のいちばんなだらかな曲面を
滑降する風になった

神様の両手になって
宇宙空間をただよう
蒼いゆりかごを揺らした

小惑星の胞子になって
新しい命を育んだ

わたしはあなたより先に
化石にならないと誓った
あなたは少しだけ下の地層で
わたしの夢を
みてくれているだろうか

心で分かり合えたから
言葉はいらなかった
大地とも星とも話せたから
名前はいらなかった

あの頃 
誰にも名前がなかった
誰も だれかを憎む
ことを知らなかった
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