水面からめくりとった水びたしの月 -2ページ目

手袋

手袋に感謝するとき


寒いときにバッグの中をさがして 

ようやく みつけたとき


車道ではねられてる黒猫が

近づくと

手袋に変わったとき

天童

中からは 空色と呼ばれる

色で塗られた紙風船

燃える目の少年が

覗き穴から中をのぞきこむ

中には青緑色のボール

水と陸地に分かれている

陸に囲まれた水は

湖と呼ばれる

陸地に三方を囲まれた

湾と呼ばれる水に

火山島が浮かんでいる

少年はそこに

自分の目が映っているのかと

覗きこんでみる

真っ赤に燃えたぎる

マグマが噴き上げている

火山島から湾に出た小船に

年老いた漁師が乗っている

沖の水面には

おびただしい数の 光

ぴちぴちきらきらはねる

目にもとまらない速さで

現れては消えるのに

増えるでもなく

減るでもなく

漁師が独り言のように言う

銀潮になってくれるなよ

銀潮?

少年が尋ねる

漁師は 空と呼ばれるものを見上げる

赤潮をつくるプランクトンみたいに

沖の光が 増えすぎて

岸まで迫ってくる

凍ってもいないのに

海の水が銀色一色に染まる

それが銀潮

そうなるともう 魚が一匹も獲れない

なぜ?

魚たちは安全な深いところに逃げるのさ

恐いんだな きっと

水が空を映さなくなるのが

恐いんだな

空を映す代わりに

神様でも映すんじゃないかって

だけどね

増えすぎるのも困るけど

消えてしまうのも困りものさ

今は天然ものだがねえ

一時期は養殖だったんだ

あの

沖の陽光は

だってほら 

お天道さん あんたが

消えたきり現れなかったり

現れたきり消えなかったり

そんなことが続いたもんな

少年は ゆっくりと目を閉じた

薄闇が近づいてくる

海と空の境が解ける

そしてまた 

太陽は昇らない

小年が目を覚ますまで

詩はどこへ行った

誰かの心に宿って

それから 消えていった

詩は どこへ行く?


書く暇がなくて

書く物がなくて

時間ができたら

書きとめておこう


そう思いながら

忘れてしまって

机の前で

ペンを持っても

思い出せない

フレーズ 行


きっと 忘れられた

詩の墓場へ行くのだ


でも どこにあるのだろう

忘れられた詩の墓場


そこには 花があるだろうか

星があるだろうか

思い出があるだろうか


いつか行ってみたい


忘れられた詩の墓場



僕はライトの8番

僕はライトの8番 
ライトの8番には
いろいろなことが許されている

化石の発掘
耳掃除
らくだの飼育


唯一許されていないのが

白昼夢でホームランになりかけのボールを
空中でキャッチし
目にも止まらぬ速さでホームに投げ
スリーアウトをとって
チームを勝利に導く夢


チームにあまり関係ない

秘密を敵に告げること

これは許されている


そっくりならせんの夢を 

二夜続けてみると
新しい生命体が出現すると言われるが
これは 根拠のない説である
実際には 一夜あけてからみても
出現する

The perfect mirror

もし 朝の海が世界中くまなく朝の海で


船も油田も雲の影もなく


飛行機も上空を横切らなければ


海は完璧な鏡になり


神の姿が映る


誰かの視線がそこに注がれれば


その鏡像は


たちどころに消える




無題


鳥のごと 沖の光の群れ渡る 浅瀬にひとつ迷い子残して 

高橋葉介風に

食べ放題


時間制限なし


日数制限なし


規定の体重に達したら


別室にお移りください


Mr.Dがお待ちです

急成長

空を描いた

画布の上に

筆の先につけた

遺伝子を一つ


筆を離すか

離さぬうちに

白い点は

鴎に育つ

風が吹く時

光は


樹々の言語


風が吹く時


光は 枝から枝へ


葉から葉へ


らせん状に リレーされ


誰も気づかない間に


バベルの塔が


完成する

かくれおに

金曜日の夕方に 家に
帰る
日曜日の夕方に 病院に
帰る


行く 帰る 
母にとって
どちらも 行く場所
どちらも 帰る場所


最期に着せてねと 
シルクのパジャマを託される


もういいかい 
まだだよ


裏山の急な土手を
木の根をつかんで
子供八人で登って
松ぼっくりを拾った話を聞く


モテモテのモガだった

娘時代の話を聞く


お父さんと二人でラーメン屋を始めた頃

苦労した話を聞く


おばあちゃんが

家に来て 小さな型菓子を

創ってくれた話を聞く

私の小さい頃の話を聞く
迷子になったとき
心配で怖かったと


同じ話
何回聞いたかな
あと何回 聞けるかな


また来るからね
金曜日に来るからね


これ見てと
放射線治療のために
おなかにマジックで
書かれた印を見せて
母が笑っている


もういいかい
まだだよ


車のライトが反射して
雨の路面がまぶしい
国道十号線


もういいかい
まだだよ


ああ そうか
助手席はからっぽ


もういいよ


泣いていいよ


忘れ物をした
でもどこかわからない
母の命 
どこかに置き忘れた


病院でもない
家でもない

取りに戻れれば
お母さんきっと
元気になれるのになあ


もういいかい
まだだよ


お父さん
まだ 連れてかないでよ