天童
中からは 空色と呼ばれる
色で塗られた紙風船
燃える目の少年が
覗き穴から中をのぞきこむ
中には青緑色のボール
水と陸地に分かれている
陸に囲まれた水は
湖と呼ばれる
陸地に三方を囲まれた
湾と呼ばれる水に
火山島が浮かんでいる
少年はそこに
自分の目が映っているのかと
覗きこんでみる
真っ赤に燃えたぎる
マグマが噴き上げている
火山島から湾に出た小船に
年老いた漁師が乗っている
沖の水面には
おびただしい数の 光
ぴちぴちきらきらはねる
目にもとまらない速さで
現れては消えるのに
増えるでもなく
減るでもなく
漁師が独り言のように言う
銀潮になってくれるなよ
銀潮?
少年が尋ねる
漁師は 空と呼ばれるものを見上げる
赤潮をつくるプランクトンみたいに
沖の光が 増えすぎて
岸まで迫ってくる
凍ってもいないのに
海の水が銀色一色に染まる
それが銀潮
そうなるともう 魚が一匹も獲れない
なぜ?
魚たちは安全な深いところに逃げるのさ
恐いんだな きっと
水が空を映さなくなるのが
恐いんだな
空を映す代わりに
神様でも映すんじゃないかって
だけどね
増えすぎるのも困るけど
消えてしまうのも困りものさ
今は天然ものだがねえ
一時期は養殖だったんだ
あの
沖の陽光は
だってほら
お天道さん あんたが
消えたきり現れなかったり
現れたきり消えなかったり
そんなことが続いたもんな
少年は ゆっくりと目を閉じた
薄闇が近づいてくる
海と空の境が解ける
そしてまた
太陽は昇らない
小年が目を覚ますまで
詩はどこへ行った
誰かの心に宿って
それから 消えていった
詩は どこへ行く?
書く暇がなくて
書く物がなくて
時間ができたら
書きとめておこう
そう思いながら
忘れてしまって
机の前で
ペンを持っても
思い出せない
フレーズ 行
きっと 忘れられた
詩の墓場へ行くのだ
でも どこにあるのだろう
忘れられた詩の墓場
そこには 花があるだろうか
星があるだろうか
思い出があるだろうか
いつか行ってみたい
忘れられた詩の墓場
僕はライトの8番
僕はライトの8番
ライトの8番には
いろいろなことが許されている
化石の発掘
耳掃除
らくだの飼育
唯一許されていないのが
夢
白昼夢でホームランになりかけのボールを
空中でキャッチし
目にも止まらぬ速さでホームに投げ
スリーアウトをとって
チームを勝利に導く夢
チームにあまり関係ない
秘密を敵に告げること
これは許されている
そっくりならせんの夢を
二夜続けてみると
新しい生命体が出現すると言われるが
これは 根拠のない説である
実際には 一夜あけてからみても
出現する
The perfect mirror
もし 朝の海が世界中くまなく朝の海で
船も油田も雲の影もなく
飛行機も上空を横切らなければ
海は完璧な鏡になり
神の姿が映る
誰かの視線がそこに注がれれば
その鏡像は
たちどころに消える
かくれおに
金曜日の夕方に 家に
帰る
日曜日の夕方に 病院に
帰る
行く 帰る
母にとって
どちらも 行く場所
どちらも 帰る場所
最期に着せてねと
シルクのパジャマを託される
もういいかい
まだだよ
裏山の急な土手を
木の根をつかんで
子供八人で登って
松ぼっくりを拾った話を聞く
モテモテのモガだった
娘時代の話を聞く
お父さんと二人でラーメン屋を始めた頃
苦労した話を聞く
おばあちゃんが
家に来て 小さな型菓子を
創ってくれた話を聞く
私の小さい頃の話を聞く
迷子になったとき
心配で怖かったと
同じ話
何回聞いたかな
あと何回 聞けるかな
また来るからね
金曜日に来るからね
これ見てと
放射線治療のために
おなかにマジックで
書かれた印を見せて
母が笑っている
もういいかい
まだだよ
車のライトが反射して
雨の路面がまぶしい
国道十号線
もういいかい
まだだよ
ああ そうか
助手席はからっぽ
もういいよ
泣いていいよ
忘れ物をした
でもどこかわからない
母の命
どこかに置き忘れた
病院でもない
家でもない
取りに戻れれば
お母さんきっと
元気になれるのになあ
もういいかい
まだだよ
お父さん
まだ 連れてかないでよ