水面からめくりとった水びたしの月 -3ページ目

檜男の悲劇

「僕は人間国宝になりたい」
ピノキオは言いました
するとジュゼッペじいさんは言いました
「だっておまえ 人間じゃないだろう」
ピノキオは仙女様と契約を取り交わし
良い子で契約事項全てを遵守し
とうとう人間になりました

ピノキオは言いました
「僕は人間国宝になりたい」
するとジュゼッペじいさんは言いました
「10年早い」
そこでピノキオは、十年待ちました

そしてまた、言いました
「僕は人間国宝になりたい」
するとジュゼッペじいさんは言いました
「ごめん わしがもうなってる

しゃべれる人形を作ったと 匠の技を認められて」
ピノキオの心は 嫉妬と羨望で心がみるみる曇り

気がつくと 元の木の人形に戻っていました

ちょうどいいから 鼻が折れるまで
ジュゼッペじいさんをつつきました

そこでピノキオは仙女様に頼むことにしました
ただ普通に言っただけではきっと
頼み事をきいてくれそうもないので
ピノキオは言いました
「仙女様 おきれいですね」
とたんにピノキオの鼻が伸びました
仙女様はピノキオにびんたをくらわして
どこかへ消えていきました

ブラマンク

ブラマンクの風景画の

地平線へ続く 

まっすぐな道の

消失点へ急ぐ 

筆の勢いに追いつけず

視線が 転んだ

世界の四隅に巨人がいる

世界の四隅に巨人がいる

だから もし 天国が降ってきても

チョモランマより少し上空で

どすこいと支える


飛行機は 飛べなくなるけど

宇宙にはいけなくなるけど


山に登ればいつでも

死んだ家族や 恋人や 友だちと会える

降りてきて パーティーに出席したり

一緒に花火をしたり 雪だるまを作ったり

運動会を見てもらうこともできる


だから 空が落ちてくることを

心配した人のように

杞憂と呼ばれることはない


天国が降ってくるかもしれないと

思ってみる人のことは

だから 『杞楽』と呼ばれる


世界の四隅に巨人がいるから




The sun will not appear ⅩⅣ

太陽が沈まないから

みんな いつ 眠ればいいかわからない

人工の光の中では

自分の部屋の明かりを消しさえすれば

そこは 夜だった


夜を作らなければならない


暗幕 地下室 海底トンネル

暗闇を作り出すのには

いろいろな方法があるけれど

一番簡単なのは

ふとんに顔まですっぽり入ること


ロシア産のシルバーグースの羽毛布団

フランス産ホワイトダックの羽毛布団

天使の羽根の羽根布団

しかも 上級天使のラプンツェル50%ガブリエル50%


夜を作るのにどれがいいか論争が始まる


Let's sleep on it.


不用意な発言でみんな固まる


日の沈まない孤島で 二匹のバクが

互いの夢を食いながら衰弱してゆく

島が反転すれば 地上は夢にあふれる

その代わり 二匹は水没する


瞼の裏に

縦横に並ぶモニター画像


夢のチャンネルを

選びましたか

夢の次元を選びましたか

さあ 楽しい夢をご覧ください


すでに みんな 思っている

これは夢 

太陽が昇らなかったり

昇ったが最後 沈まなかったり

夢に間違いない


何かのきっかけで

目が覚める

今回りにいる人たちは消えるが

元々私の知っている人たちが現れるから大丈夫


でも 誰も 思わない


目が覚めたとき いる場所も

次の現実へ目覚める前の夢

その夢が覚めた時にいる場所も

やはり 夢かもしれないとは


そしてまだ 太陽は沈まない 








THE sun will not appear Ⅹⅲ

太陽が昇った


久しぶりに

人々は自分の影に

再会した


影が地面に垂直に立ち

天然色の人間が

地面に平らにねている


そんなもんだったかなと

みんな 思う

でも なんだか違うような気がする


自分が影なのか

人のほうなのかも

もう わからなくなっている


太陽も 

久しぶりに昇ったものだから

なんだかちょっと

違うような気がしても

それがなんだか

わからない


そのうち ためしにと一組が

九十度回転して

人が垂直に立ち

影が地面に寝る

ほかのペアも

試してみる

なんとなくそれが

しっくりくることに

みんな気づいた


これでいいんだ

これでいいんだ

みんな にこにこ

太陽は さんさん


そして今度は

太陽が沈まない







The sun will not appear ⅩⅡ

太陽が昇らないので

人々は 人工の明かりの中で生活し

昼と夜の区別は 自分で決める


いつも夜のような

だけど なんとなく 昼のような感じ


体内時計も 太陽なしでは

まったくでたらめの時を刻む


起きている間は眠いのに

眠ろうとしても眠れない


人々は眠りを求めて

安眠寝具を買いに布団屋へ


トルマリン枕

ドーナツ枕

低反発一マットレス


一番売れているのは

長ーい 布団


縦ではなく

横に長い


赤道と 同じ長さ


寝返りで 世界一周できる


太陽が昇らないから

赤道直下も暑くない


世界一周する間に

何回眠るかで

何泊したかが決まる


一泊もしない人もいる


そしてまだ


太陽は昇らない


The sun wil not appear ⅩⅠ

水平線に赤みがさして

太陽が昇り始めた

海岸 堤防 港 岸壁

あらゆる海べりに

人だかりができた


誰もがかたずを飲んで見守った

だれもが無言だった

誰もが物音一つ立てないよう

最新の注意をはらっていた


みんなの心に

同じような 懸念があった


これは夢かもしれない

自分の夢でなくても

誰かが見ている夢かもしれない


太陽さえ昇ってくれれば

夢でも現実でもいい

誰の夢でもいい

醒めさえしなければ


足音さえ忍ばせてそっと移動し

知り合い同士でもいっさい口をきかず

みんな 無音無言で

日の出を見守る

心の中で 昇れ 昇れと

かけ声をかけながら


太陽はぐんぐん昇り

どこまでもまっすぐに昇り

空を横切る軌道のことなど忘れたように

どこまでも上へ昇り

やがて 空の彼方へ消えてしまった


落胆のため息を合図に

泣き声 叫び声 怒号

やつあたりのけんか

やけっぱちの大騒ぎ


子どもたちが

金切り声をあげて走り回る

誰かが金だらいを棒で叩く

チンドン屋がとんちゃか ぷーちゃか

誰かがモビルスーツを使って

特大マージャン牌を混ぜる


楽隊が来る

ヘビメタのバンドが来る

蝉の大群が来る 


それでも

誰も夢から醒める気配はなく


そしてまだ

太陽は昇らない







The sun will not appear Ⅹ

東の海から

太陽が昇ってきた

おそるべき速さで

上空を横切り

放物線を描いて

西の山に

消えていった


おどろく間もなく

また 東の海から

太陽が昇って

あっという間に

上空を横切り

西の山に消える


東の海から

西の山に

東の海から

西の山に


七回目に 誰かが叫んだ

誰だ

お手玉してるのは


とたんに

太陽の登場が止まった


みんな 空を見上げたまま

一週間を 無為に過ごしただけ


それから また

いつものように


太陽は昇らない 




The sun will not appear Ⅸ

太陽が昇らないので

人は月を 少し悲しい目で

見るようになった

 

赤く巨大な春の月は

人に 一瞬の喜びと

その後の失望と

それまで以上の

悲しみを与えた


太陽に似ていることは

罪ではない

太陽でないことは

罪ではない


それでも月は

赤さの罰として

より 赤く


巨大さの罰として

もっと 巨大になっていった


月は 自分の姿を

夜の色に塗りこめた


月は 太陽と同じように

捜され 待ち焦がれられる

存在になった


太陽が昇れば

暗闇の色をした球体が

西の空にあるのがわかるのだが


あいにく まだ

太陽は昇らない





The sun will not appear Ⅷ

太陽が昇らないので

生き物たちが

いろんなことを試してみる


キツツキが 木をつつく代わりに

鳴いてみる

マムーシュカ バブーシュカ

ビュートロロ ヤーチャイカ


リャマが 月光にきらめく川に注ぐ視線を

直線から 点線に変えてみる

点線からジグザグに

ジグザグから 波状に

しまいには ロンパリ目になっている


蝶が 飛ぶ代わりに 

穴を掘ってもぐる 


鳩が レースをするかわりに

相撲をとる


卵が 翼を生やす

トカゲの卵が


山羊が 髭をはやす

なまずの髭を


何か変わったことをすれば

それがきっかけになって

太陽が昇るかもしれないと


太陽ば昇ってきた


しかも 半分

かまぼこ型で

きっかり底辺が直線の


いきなり中空から すとんと落ちた


あれも 何か変わったことをするのが

当世の流行りだと

勘違いして

太陽の代わりに出てきて

おどけてみせた

どこかのおふざけ屋


それ以来

生き物たちは

何も変わったことをせずに

太陽を待っている


そして まだ

太陽は 昇らない