水面からめくりとった水びたしの月 -4ページ目

The sun will not appear ⅶ

太陽が昇らないので

太陽に照らされて

初めて生まれる

全ての色が

過去のものになった


誰かが 「かわせみ」と言うと

人々の心に

初夏の陽を浴びてまぶしく輝く

コバルトブルーへの渇望が

生まれた


誰かが 「一面の菜の花畑」と言うと

人々の心に その壮大なパノラマへの 

胸の痛くなるほど

激しい憧れが 発生した


懐かしい色を思い出させる

発言を慎むよう

政府は国民に呼びかけ

やがて

不文律のようなものができた


すると 海賊気分の愉快犯が

あるいは 心に芽生えたものへの

狂おしい嘆きを 自分ひとりで

抱えこむのをいやがる

ロマンテチストや夢追い人が

 

花の名や 鳥の名

蝶の名 色鮮やかな熱帯の

魚や動物の名を

次々に声高に叫ぶ


無政府状態


もはや 誰も彼もが

かつての

美しい光景を叫ぶ


けれども

あれだけは別だった


夕焼け


砂漠の夕焼け

山を染める夕焼け

海を輝かせる

夕焼け


この言葉に

耐えられる者はいなかった


「夕焼け」だけは

誰もが 避けて通った


「夕焼け」


その言葉は自爆テロに匹敵する


そして まだ


太陽は昇らない






The sun will not appear Ⅵ

太陽の昇らない水平線

望遠鏡で見ていた人が気づいた


誰かが そこで踊っている


ピカソの薔薇色の時代に

描かれた ピエロ

哀愁を帯びたシルエット


忙しく足を動かしているが

こちらに近づく気配はない


ジャン・ポール・ベルモント

そっくりの顔


気狂いピエロ!


その下に

太陽がある

玉乗りしている


誰もが気づいた

誰もが

それを言うのをいやがった


気狂いピエロは

何も言わず

少しずつ 遠ざかっていった


そして まだ

太陽は昇らない




The sun will not appear Ⅴ

太陽が昇らないので

しかたない

最後の手段


メキシコの

ピラミッドの基壇の

下にひっそりと埋められた

タイムカプセルに中から


500年前の太陽が

取り出される


インカの男たちが

蝶に生まれ変わる前


インカの女たちが

ハチドリに生まれ変わる前


今輝いている太陽も

いつ その力を失うかわからない

そう皇帝が言い出して


500年前の その日

太陽は 沈む直前に捕獲され

濃縮されて

タイムカプセルに収められた


かくして

太陽は 現れた

500年前とまったく同じ輝き

まったく同じ 核融合

まったく同じ黒点の位置


太陽は水平線から昇ってくるかと思いきや

おもむろに

カプセルを開いた


出てきたのは 

500年前の地球


陸地を森が覆い

海は限りなく澄んで

オゾン層にキズ一つない 地球


太陽は

そっちの地球の

水平線に昇り始めた


そして まだ


太陽は昇らない


こっち側の地球には




The sun will not appear Ⅳ

太陽が昇らないので

人々は 思い始める

もの全ての 本当に色は

闇の黒なんじゃないかって


そして 気づく

この世界にあった ありとあらゆる

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コスモスの 淡いピンクも 濃い赤も

雨に濡れた木の葉の 濃緑も

イルカの背のつややかな 濃紺も

幼い子供の 日に透ける髪の 金茶も

小麦畑の 黄金も

沖に集まる光の 銀色も


太陽が 

最も愛した星が自分に顔を向けたとき

おくってくれたせいいっぱいの

挨拶であり

得がたい 宝であり

奇蹟の 贈り物であったことに


人々は 空を見る

太陽はそこにない


太陽が昇らないので

形や色のあったものは

見えなくなった


スタートもゴールも見えないので

全てのraceは中止になった

白も黒も黄色も赤もないので

全てのraceも意味がなくなった


形のあったものが見えない代わりに

形のなかったものが 

はっきり見えるようになった


黒いくせに 黄色いくせに

赤いくせに

ちびのくせに デブのくせに

あばたのくせに

他のみんなと違うくせに


そんなふうにわめく 金切り声の醜さや

その言葉の見苦しさが

くっきりと

見えるようになった


太陽が昇らないので

世界中の日時計が 自らすすんで

日時計の墓場へ ゆっくりと移動を始めた

彼らは 自分が止まった時間の

針の先を向き合わせて

井戸端会議を始める

そのうち

いつか太陽はまた昇ると見解が一致し

その日時を当てる ととかるちょが始まる

だけど みんなが忘れていた

日時を正確に刻むものは

もう何もないのだということを


そして まだ

太陽は昇らない









臨時ニュース

臨時ニュースをお伝えします

ミルキーウェイが何者かによって

丸く切り抜かれたもようです

川底から星漏れが起こっています


管理人夫婦 織姫彦星によりますと

とある太陽系で異変が起こり

地球という惑星の住民が

その対策に使ったということです


太陽系の問題は自分たちで処理しろと

非難が相次ぎ 抗議のデモが起こっています

星間戦争が起こる可能性があります


太陽系への渡航は しばらく見合わせてください


ただ どこを攻撃すればいいのか

太陽を中心にして回っているはずの惑星が

まったく何も見えません

肝心の恒星も見えません


見えない相手に宣戦布告するかどうかは 

銀河系大統領夫人が

星占いで決めることになりました



そして まだ

太陽は昇らない






The sun will not appear ⅲ

太陽が昇らないので

太陽に似たものがつくられる


丸く切り取った

ミルキーウェイ


アニー・レノックスの黄金の

ヴェルヴェット・ヴォイスを

かに座のはさみで

丸く整えたもの


なぜか ブラッドベリと署名してある

巨大な 黄金の林檎


丸い形に集まった

一億匹の テラノドン


宇宙空間を転がってきた

小惑星を 赤く塗ったもの


それを知ってか 知らずか

太陽はまだ昇らない

The sun will not appear Ⅱ

太陽がまだ昇らないので

J・Cと名乗る人が

海の上をすたすた歩き出し

沖まで歩いていって

こわごわ下を覗き込む

後ろをふりかえって首を振るので

みんな がっかりしている


J・Cさんなら 太陽を

呼びだすこともできるはずだと

誰かが言うと

J・Cさんは言う

それは違う

それは 日本の神様の十八番だと


日本の神様が水平線に集まって

飲めや歌えの大騒ぎ

何事かと太陽が

顔を出すのを

待ちながら


そのうちみんな 酔いが回って

誰も彼もが大声でしゃべり

てんでばらばらに

ゲームだ けんかだ 白河夜船


太陽が顔を出したも出さないもわからない


宴会は終わらない

いつまで経っても終わらない

だって ほら まだ

夜がしらじらと明けぬから


そして まだ


太陽は昇らない


The sun will not appear Ⅰ

今日に限ってなぜか

太陽が昇らないので

夜明けを待って船を出すつもりの猟師たちが

首をひねっている

夜明けとともに旅立つはずの旅人が

リュックをしょったりおろしたり


なぜか太陽が昇らないので

初日の出を待ちわびる人々が

一人二人と帰り始める

残ったわずかな人たちも

ずっといるわけにいかないと

一日三交代で番をするようになった


太陽が昇らないので

岩場から世界一の釣名人が

長い釣竿をふりかぶって

沖のほうに釣り糸を投げ入れようとしている

ただ 太陽のエサがわからない


太陽が昇らないので

影ふみをしようと集まった子供たちが

家に帰る

ただし

来たときの影と一緒とはかぎらない


まだ太陽は昇らない



ねこもりうた

見て

きれいな満月


あ 満月は無理

 

なんで?


記憶の中の月が満タンなの

『メモリがいっぱいで記憶できません』って

警告表示が出てる


三日月を少しつめたら?


よいしょ…

 

頭を両手で抱えて振る


あ 大丈夫みたい どれどれ


窓辺から月を見上げた


本当に 空から転がり落ちそうなほど

見事な丸さの満月


『記憶の中に同じものがあります

 上書き保存しますか』って

海馬に電光表示が出てる


僕が体温をなくした夜の月だね


まぶしくて慌てて閉じた瞼の中に

拡散した真っ赤な太陽と

ぽきんと折れそうな三日月

折り曲げた半分が

抜こう側にありそうな半月

完璧な円形の月

悲しいときに空を見上げる

癖がある人の記憶の中には

かならず この中のどれかがある


せっかく帰ってきたのにどこ行くのって

追いかけたら

一緒に家出した兄弟たちのところへ

連れてってくれたね

空き家の軒下だった


また一緒に暮らしたかったからね


今 どこにいるの?

出て行くとき追いかけていい?


コタツの中だよ

あの家の あの日のコタツの中

だって それ以来

僕を見ていないだろう


コタツの中か 

それなら悲しくないね


また来る?


さあね

猫は気まぐれだから









Stop making sense

朝 戸口の外に

あ行のひらがなの山と

真っ赤な水棲生物


やめといたほうがいい

ふたご座流星群の夜に

演劇の発声練習は